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方広寺


豊国神社のすぐ隣にあります。
家康は豊臣氏の権威や莫大な財産が脅威だったため、
豊臣秀吉の子、秀頼に寺社の修理等を盛んに進めた中で、建立したのがこの方広寺。
当時は奈良の大仏より大きい大仏を安置するほどの、大きな大仏殿があったそうです。
この巨大な鐘を見ても、どれ程大きなものだったのかを感じさせます。



この鐘には「国家安康」「君臣楽豊」との文字があり、
「家康を二分して呪い、豊臣氏の繁栄を祈る」ものとの言いがかりをつけて
家康は豊臣方に戦い(大阪の役)を仕掛けたそうです。
戦いで豊臣氏は滅んでしまうのですが、これが有名な方広寺の鐘銘問題。

ここに来る前、私は高校の日本史の教科書で復習してきました。
それを一生懸命、友達に説明していると。。。
お寺を管理してる人?が私のことをよく勉強してきてるから
中を見せてあげると、無料で中に入らせてもらうことが出来ました!!
後になって受付で100円払えば中に入れることを知りましたが、
その時はすごくうれしくて、はしゃいで中に入りましたよ(笑)
やっぱり歴史を知って見るのと、知らないで見るのとは
全然面白さが違いますからね!!




中に入りたかったのは鐘の中に浮き出ている白いシミが淀君だという話があるから。
さすがに怖くて写真撮れませんでしたが^^;
中には近年の火災で消失してしまった大仏様の残骸が転がってました。

方広寺の鐘銘事件は教科書の欄外にしか書いてなくて、
大阪の役のことも5行くらいしか書かれていないんですよね。。
学生時代に今のように興味を持って歴史を見に来ていたら、
どんなにか日本史が好きで得意になってたことか。。とよく思います^^;

[ 2008/09/13 21:59 ] 京都 | TB(0) | CM(0)

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